日本初のヨーグルト販売
正垣角太郎氏は日本で初めてヨーグルを製造販売しました。
その子供だった正垣一義氏は父親・正垣角太郎氏の影響を受けて、
智通(ちつう)の元となる有効微生物分泌液のを開発したのです。
そこで、乳酸菌研究の原点になった正垣角太郎氏についてお伝えしていきたいと思います。
正垣角太郎氏
正垣角太郎氏は、智通を作っている会社の
元社長・福井社長の祖父にあたります。
智通のメーカーは100年もの長い間、
乳酸菌の研究開発を続けてきましたが、
その出発点は角太郎氏自身が乳酸菌で
健康になった体験からなのです。
1874(明治7)年、兵庫県で生まれた正垣角太郎氏は慢性の胃腸病を抱えていたため、
医師を志し24歳で念願の東京の済生学舎(医学専門学校)に入学、卒業。
1905(明治38)年に、パスツール研究所の
科学者であるエリー・メチニコフ氏は
ブルガリア人の長寿が
ヨーグルトからの乳酸菌を発見し、
乳酸菌療法を提唱した人です。
彼の『不老長寿論』に感銘を受けた角太郎氏は、
自分も乳酸菌療法を実践することにしたのです。
角太郎氏は牛乳をこたつで温めて発酵させ、
ヨーグルトをつくり食べ続けた結果、
長年の悩みだった胃腸病を克服し
虚弱体質から健康体へとなり
「乳酸菌で他の人の役に立ちたい」と思い、
京都に乳酸菌の研究所とヨーグルトの
製造所を設立し事業を開始しました。
当時はヨーグルトや乳酸菌といっても
一般の人はまったくわかりませんし、
菌といえばバイ菌や体に悪いものという認識しかありませんでした。
そこで角太郎氏は、配達と販売に学生を採用。
学生が一人ひとりに丁寧に説明し、根気よく口コミで広めていったのです。
徐々にヨーグルトは人々に知られていったのです。
智通が生まれる以前に、乳酸菌を日本で広めようとした正垣角太郎氏の
功績は忘れてはいけないものだと思います。
その正垣角太郎氏の生き方と意志が長男の正垣一義氏に伝わり、
飛躍的に乳酸菌を増やせる有効微生物分泌液の開発となり、
そして乳酸菌生成エキス・智通に進化をして、
今、私たちに大いなる恵みを与えてくれているのです。
|