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智通(ちつう)の歴史

大正3年 正垣角太郎氏が日本で初めてヨーグルト製造販売を始める。
大正14年 正垣角太郎氏が乳酸菌4種類共棲培養“エリー”を開発。
4種類を同時培養するのは戦って死滅したりして難しいのです。
異なる種を攻撃する時に分泌液を出しますが、
その中に優れた成分があったのです。
昭和11年 正垣角太郎氏の長男、正垣一義氏が8種類共棲培養“ソキンL”を完成。
表性培養を8種類まで増やし、さらに効力を高めました
昭和12年 長期保存、携帯可能“潤生ソキン”を開発、販売開始。
戦時中 正垣一義氏が乳酸菌分泌物の研究を開始する。
昭和24年
昭和25年
正垣一義氏、二度にわたり国会で講演。
厚生大臣から受賞しています。
昭和53年 正垣一義氏が有効微生物分泌液の製品化に成功。
昭和57年 「智通(ちつう)」完成。
昭和59年 正垣一義氏が福井正和氏、福井正勝氏と(株)物心科学生活研究会を設立。
「智通」製造販売開始。
平成2年 (株)物心科学生活研究会から「智通」販売部門を独立。(株)智通普及会を設立。
平成14年 (株)智通普及会より(株)ビーアンドエス・コーポレーションに社名変更。
平成16年 (株)物心科学と(株)ビーアンドエス・コーポレーションを合併。
製造、販売、研究を一体化。
飲みきりタイプのラクティスを販売開始。
平成23年 富士工場(静岡県富士宮市)が、公益財団法人日本健康・栄養食品協会の健康補助食品GMP適合認証を取得しました。

正垣一義氏は大連で微生物の研究をしていた大谷光瑞氏(西本願寺22世門主)に師事。
「大涅槃経」に記載されている乳酸菌の発酵物から有効成分の抽出を提案されました。

智通と正垣一義氏「大涅槃経は猶し醍醐の如く最上最妙なり。
若能く服する有れば、衆病悉く除く一切諸薬は其の中に入る」
これは約2500年前に釈迦が遺した仏教教典の中の一文です。
意味は、醍醐は最上である。これを服用すればあらゆる病いから解放される。
お経はこの醍醐のようなものであるということ。
この「醍醐」とは乳を精製して得られる最も美味なものを指しています。
ここからヒントを得、生きた乳酸菌ではなく、乳酸菌の代謝産物と菌体成分の研究へと大転換したのです。


参考 私と智通